2005/03/27

第6回 耳の不自由な人のバリアフリー

 耳の不自由な人は日本には約35万人といわれています。これは18歳以上の手帳を持っている人の数ですから、18歳以下の人や、歳をとって耳が遠くなった人も含めるとその何十倍にもなると思われます。耳が不自由といっても、ほぼ完全に聞こえない人(ろう)から、補聴器をつければ日常生活にはほとんど支障のない人(難聴)までさまざまです。
 耳が聞こえないと、情報は目からものが主となります。会話は手話、筆談、相手の口の形から言葉を読み取る(読話といいます)などによります。生まれつき耳が聞こえない人や日本語を覚える前に聞こえなくなった人は、手話を母語としていて、日本語はあとから習う外国語のようなものになります。もちろんたいていは両方とも上手ですから、いわばバイリンガルですね。ただ耳から音が入らない状態で言葉を勉強するのは大変で、中には日本語があまり得意でなく、書く文章が変だったり、文を読んで理解することが苦手な人がいます。また、自分の声も聞こえない人の場合、出す声がちょっと変なこともあり、変な声でおかしな日本語を使うので、変な人だと思われてしまったりすることもあります。周囲の理解が大切です。
 手話は手指の形、顔の表情、体の動きなどで表される言語です。手話は昔は単なる「手まね」に毛が生えたようなものくらいにしか思われていませんでしたが、現在では日本語や英語と同じようにきちんとした文法を持つ、一つの独立した言語であると見なされています。「手話は世界共通語ですか」とよく聞かれます。とんでもない。世界中には国ごとに日本手話、アメリカ手話などその国独自の手話があるのです。国際手話というのもあります。日本手話というのは、生まれつき耳が聞こえない人のように、声を使わないで会話する人が多く使います。単語は手や指をつかっていろいろな形で表しますが、これはものの形から作られたものや(「山」は手を山の形に動かす)、そのものに関係することがらから作られたもの(「山形県」は名産のさくらんぼを指でまねる)、漢字の形から来るもの(「川」は3本の指を上から下へ動かす)などがあります。文法(言葉の順序など)は日本語とは違うところが多くあります。実は手話にはもう一つ、日本語の話に合わせて使われる「日本語対応手話」というものがあります。これは聞こえる人が声を出しながら手話をするような場合に使われます。日本語と同時に使うので「同時法手話」とも言います。聞こえる人が使う手話はたいていこれに近いものとなります。日本語に合わせるのですから、文法は日本語の文法で、単語は日本手話の単語を借りてきて使います。
 手話には単語の手話のほかに、「あいうえお」や「a、b、c」を指で表す「指文字」というのがあります。手話単語で表せない言葉、たとえばカタカナ文字(ジョージ・ブッシュ、とかハリウッド・・・)などをこれで表します。
 手話でとても大切なのが、顔の表情です。「うれしい」という単語を手話で表すときには、顔も目一杯うれしそうな表情をしなければなりません。それが一致してはじめてきちんとした意味が伝わるのです。よく、手話は単語数が少ないから、あまり複雑なことは表現できない、といわれますが、むしろ逆のような気がします。手、顔、身体一杯を使ってとても豊な内容をあらわすことができます。
 手話についてもう一つ誤解があるのは、耳の不自由な人はみんな手話を使う、手話でないとコミュニケーションができない、と思われていることです。実は、耳の不自由な人で手話を使う人はほんの15%程度なのです。中途で聞こえなくなった人やお年寄りは手話を覚えるのが大変だからだと思います。
 聞こえない、聞こえにくいのを補う方法として、補聴器や人工内耳というのがあります。補聴器はマイクで音を拡大するのですが、人の声も、周りの雑音も一緒に拡大してしまうので、必ずしも補聴器も万全ではありません。人工内耳は耳の中に、耳の神経を刺激する電気信号を出す小さな装置を手術で埋め込みます。これで音を獲得した人も多く、今後ますますの発展が期待されます。
 手話をコンピュータで認識したり、アニメで表したりする技術も研究されていますが、実用化にはまだ時間がかかります。手話には独自の文法があるといいましたが、この文法自体がまだ充分に研究されていないこと、手話画像を認識する技術にはまだまだ難しい問題が多いことなど、課題がたくさんあります。しかしこれもどんどん進歩していますから、これからさらによいバリアフリー技術が生み出されることが期待できます。

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